塾講師の必要性について
塾講師の必要性は、塾の存在意義と関わることでしょう。
日本の受験競争は、1960年代頃から始まったと言われていますが、塾が盛んになり始めたのは、1970年代の終わり頃であり、今日の原型とも言える、子供の塾通いが当り前になったのは、1980年代になります。
いずれの時代も、進学のために通うことが第一の目的であり、学校の授業を補完し、教養や規律を身に付けさせるために塾通いをしている子供は、ほとんどいないと言ってもいいでしょう。
仮に学校の授業のみで、受験が可能であれば、問題はないのでしょうが、実際、学校の授業では、受験用の内容、言ってしまえば、ペーパー試験の対策を行っていません。
また、受験においては、多少高度な応用問題も出題されますが、そういうものへの言及を、学校の授業では、基本的に行っていません。
こういうことから、親としては子供の将来を心配し、学校の授業料以外のお金を支払い、子供を塾通いさせているというのが、現実と言えるでしょう。
言ってしまえば、日本の教育現場に変化が訪れない限り、親は塾を求め、塾は優秀な塾講師を求め、さらに、親は良い塾講師に当たるよう、評判の言い塾を探すという循環が続いていくことでしょう。
けれども、よくよく考えれば、日本は、昔から私塾社会であったように思います。
封建時代、特に江戸時代においては、各地に私塾が存在し、商人の子供などは、そういうところへ通い、四書五経などを学んでいました。明治維新を起こした幕末の志士達の多くが、私塾出身者であったとも言われています。
果たして、現在の塾講師は、かつての私塾の先生のようなのでしょうか?
その回答は、さらに歴史が進んでからになることでしょう。